みんな田舎暮らしが好き?それともやっぱり都会?
この記事では、D.Hロレンスの『虹』を紹介します。
D.Hロレンス(1885-1930)の『虹』(The Rainbow/D. H. Lawrence)は、イギリスのノッティンガムシャーに住むBrangwen一家の三世代に渡る人間模様を描いた長編小説です。1915年に発行され、産業革命期イギリスの農場を生きた人々の生活を克明に描いています。
英語版はProject Gutenbergで無料で読めますよ!
https://www.gutenberg.org/ebooks/28948
本作の舞台は1840年代から1905年のイギリスです。1840年代と言えばちょうどイギリスで産業革命が始まる時期で、主人公たちはロンドンから離れた田舎で農業をしていますが、工業化の波がじわじわと迫ってきます。
ちなみにノッティンガムシャーとロンドンの位置関係はこんな感じ。

炭鉱業が有名な土地で、作者ロレンスの出身地でもあるぞ!
あらすじ
本作では約65年をかけて、Brangwen一家の血筋を追っていきます。最初の主人公はTom Brangwenです。彼はポーランドから来た難民の未亡人Lydiaと恋に落ちます。ですが、文化の違いとは埋めがたいもので、二人の心の距離は次第に開いていきTomはLydiaの連れ子Annaに心を寄せるようになります。そして、二人の不和は結局「お互いへの無関心」という形である種の和解に達するのです。
次の主人公はLydiaの連れ子Annaです。Annaは学校や宗教といった身近な組織に馴染むことができず、母親にすらも心理的な距離を感じるようになってしまいます。AnnaはTomとLydiaの子Willと恋に落ち、結婚してTomの農場を継ぐのですが、二人はやはり不仲になっていきます。特にWillとAnnaは宗教観が決定的に違っていました。WillとAnnaにはUrsulaという娘ができますが、二人目の子供ができてからUrsulaにあまり構わなくなり、その分WillはUrsulaと仲良くなっていきます。仲良くはなるのですが、Willがとにかく情緒不安定で溺愛と嫌悪を繰り返すので、二人は結局不仲になってしまいます。
最後の主人公はWillとAnnaの娘Ursulaです。Ursulaは、家庭のために生きるAnnaを軽蔑するようになり(Annaとしては葛藤の末やっと受け入れた母性だったのですが……)、自立した生活を求めるようになります。Ursulaはポーランド系イギリス人のAnton Skrebenskyと出会い恋に落ちますが、彼はボーア戦争に出征してしまいます。その後教師をしていたWinifred Ingerと同性愛関係になり、Ursula自身も教師として働きながら大学の学位取得を目指すようになります。Ursulaは女性参政権運動に参加したりするとても現代的な女性ですが、それゆえに経験する困難も多く描かれます。
6年ぶりに戦争から戻ってきたAntonとUrsulaは夫婦のように時間を過ごすのですが、今度はインドに駐在することになったAntonが結婚とインドへの同行を求めます。Ursulaはこれを断り、Antonは別の女性と結婚してインドに行ってしまいます。その後妊娠したのではないかと不安になったUrsulaは、ついにAntonとの結婚に同意し手紙を書き、Antonが結婚したことを知ります。
傷心のUrsulaは、雨の中出かけていると転んで流産してしまいます。ですが、起き上がったUrsulaの眼前には虹がかかっていることに気づき、新しい人生の希望を感じて物語は終わります。

作者紹介
作者D.Hロレンスのことは知らなくとも、『チャタレイ夫人の恋人』という作品を知っている方は多いのではないでしょうか。翻訳をした伊藤整と版元の社長がわいせつ物頒布罪に問われてしまった「チャタレー事件」は社会の教科書にも載っています(多分)。
本作も例に漏れずえっちな描写が過剰な上に、性的欲求が自然・霊的な力を持つ役割になっているので本国イギリスで発禁処分になり、1,000冊以上が押収されました。
ロレンスはブリンズリー炭鉱で働く炭鉱夫の子として生まれました。殺風景な風景の中育ったせいか、「自然」に対する憧れがあったようです。彼の作品の豊かな自然描写は、生い立ちの裏返しなのかもしれませんね。
ロレンスは「潜在意識」や「無意識的な性欲」を重視し、性欲を詳細に分析した作品を多く遺しています(なので本作のみならず数々の検閲裁判が発生しています)。直感を重視する理性に懐疑的な態度は、理性偏重になりがちな現代人からしても学ぶところの多い作家です。
感想
本作は一見Brangwen一族の三世代に渡る人間関係を描いた単調な年代記のようでありながら、各所に詩のように美しい自然描写があり、歴史譚というよりも神話のような雰囲気があります。これがまたこの作品を手に取りにくくしている原因なのかなという気もする。聖書的なモチーフもたくさん出てくるので、知らないとちょっと何言ってんのか分かんない部分が結構あるかもしれません。逆に知っていれば「あ!これ○○だ!」になるので楽しい。
最初にあらすじを書きましたが、正直この小説はあらすじにない部分に面白さがあるように感じます。先述した自然描写に関してもあらすじからは分かりませんし。
特に田舎の小さなコミュニティや宗教的な倫理観など、自分から見える範囲の限られた空間しか見えていなかった主人公たちが、その外側の世界を知覚する場面はどれも印象的です。
また、本作の特徴の一つとして男女の対立というものがあります。伝統的な農場生活に満足している男性たちと、外の未知なる世界を志向する女性たちの対立とそれぞれの自己実現が描かれます。100年以上前の作品ですが、現代的なテーマを含んでいる本作は今読んでも新しさのある傑作だと思いました。
参考文献
齋藤勇. イギリス文化史. 改訂増補第五版, 研究社, 1974.
下楠昌哉. イギリス文化入門. 三修社, 2010.
Lawrence, D.H. The Rainbow. Penguin Classics, 2007.
もっといろいろ書きたいけどこれ以上書いたら論文みたいになりそうだからやめとこ……。
語りたくなったら配信とかでやります。